2019/3/21

季節の変遷と心の変遷

 
( 事務局の独り言 )
 
 以前このブログでモスクワの街路樹の生命力について記したが、今回は北欧の季節の話をしよう。日本では夏は夏至から一か月以上も経った7月末から8月始めにかけてやって来る。その原因は日本列島全体が海に囲まれていることと、日本には分厚い雲に覆われる長い梅雨の季節がある所為だ。ところが梅雨の季節がないヨーロッパ大陸では、熱伝導率の良い陸地は日照時間に比例して大地が暖められるために夏は6月にやってくる。モスクワでは5月に雪が降ったり氷が張ったりしたこともあったが、6月になると一気に夏が到来する。そして人々の気持ちも開放的になり、顔の表情も、そして着ている服装の色も明るさを増してくる。そして7月になるとロシア人は大挙して一か月ほどの休暇を取って交代で黒海のソチに保養に行く、それが彼らが最も楽しみにしている行事だ。だが長距離移動することができない人たちは郊外に土地を購入し、ダーチャと言われる別荘を建ててのんびりと畑仕事をして短い夏の恵みを受けながらゆったりと過ごす。だから夏のモスクワ市内は、人口が減少して閑散としていたような記憶がある。既に保養地から戻って来た人、あるいはまだ保養地に行くことを心待ちにしている人、彼らは数少ないモスクワ郊外の川の畔で水遊びをして夏を謳歌している。外気温は30℃にもなろうと言うのに、モスクワ川の水温は0℃に近く、全く雪解け水そのものだ。だがそれでも彼らは平然と川で泳いでいる。
 
 そして夏になると悩まされるのが、ポプラの一種のトーポリと言う樹木だ。成木になると高さは2,30メートル程の大木になるトーポリは、夏になると白い花が咲き、やがてタンポポの綿毛のように枝から離れて空中を浮遊する。モスクワの街中には至る所にトーポリの木が植えられている為に、盛夏になると、まるで雪が降っているかのように空一面が真っ白になる。そして風が吹くとあちこちに吹き溜まりとなって、まるで雪が積もっているかのように地表を埋め尽くしてしまう。その花粉が身体に良くないと言うことで大規模な植え替え作業をすると言う話が持ち上がっていたが、その後の国内情勢の動乱でどうなったのか知る由もない。それは若き共産党のエースともてはやされ、やがてベルリンの壁が崩壊して世界中に平和の機運が漂っていた矢先、軍の反乱によって殺害されそうになったゴルバチョフが書記長であった頃の話である。
 
 その当時、ベルリンの壁崩壊で地球上に至福千年の時代がやってくる、世界中の誰しもがそんな希望に満ち溢れる未来を描いていた筈だ。だが国の指導者が代わった途端、歴史は再び繰り返されてしまった。そう言えば深層心理学者のCGユングが説いた集合的無意識は、人々の意識には共通した意識があり、その上に個人の顕在意識があると説いていた。だが同じ民族でも人が代わった途端、何故それまでとは別の道を突き進んでしまったのだろうか。歴史上の大きな分岐点であった。

 ところで人の心って何だろう、頭脳と言うハードウエアーに対して、そのハードウエアーに指令を出しているソフトウエアーって、一体身体の何処にあるのだろう。その話はまた別の機会にすることにしよう、そう言った語り口でこのブログで問題提起したことがあった。政治に宗教を持ち込むことは厳に慎みたいが、哲学的なことを言えば、人は何故この世に生を受け、そして何のために生きてゆくのか、この誰もが抱く素朴な疑問に答えられる人は誰もいない。そしてこれを解き明かせる人は永遠に出てくることはないであろう。

 魂は輪廻転生を繰り返すと言われている。そして現世での業、即ちカルマによって魂の進むべき道が、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間界、そして天の境界の六道の何れかに進み、徐々に霊格を高めながら天の境界を目指して成長して行くと言われている。それなら何故、人間は前生のことを覚えていないのであろうか。人の心、即ち人間の意識は、物事を考えたり、嬉しいとか悲しいとかを感ずる顕在意識と、そして物事を考える土台になっている潜在意識、そして咄嗟に反応する無意識、この三つの意識で構成されていると言われている。そして輪廻転生しているのが、この潜在意識であると私は考えている。だが顕在意識から潜在意識に一方向に情報は流れるものの、逆に潜在意識から顕在意識へと情報が流れることはない。だから顕在意識には前生での記憶がないのだ。
 
 繰り返しになるが、近代深層心理学者のCGユングが説いた集合的無意識は、人々の意識には共通した意識があり、その上に個人の顕在意識があると説いている。だから頭脳と言うハードウエアー、即ちコンピューターの端末機能が頭部にあるのに対して、その頭脳に指令を出しているソフトウエアーは、人間とは切り離された別の場所にストアーされているのかも知れない。インターネットで説明したように、集合的無意識にも幾つかのクラウドサーバーがあって、そのサーバーに接続された人間の集団が同じ価値観を持っているのかも知れない。この世の中、分からないことばかりの不思議な世界である。
 
 最近、どっぷりと夜が更けてもなかなか寝付くことができないことがしばしばある。そんな時、こんな他愛無い絵空ごとが頭の中をぐるぐると駆け巡っている。それは、私がそれを見極めなければならない時期が徐々に近くなってきているのかも知れない。日本でも昔は考えられなかったような事件が起きている昨今、地球上には身勝手な、自分のことしか考えない人が多くなってきているような気がする。そんな時、原点に立ち戻って、人は何のためにこの世に生を受けたのか、そんなことに思いを馳せてみるのも良いのではないだろうか。

                                               ( 事務局 )